2015年

2月

22日

古事記と諏訪大社

真福寺所蔵 国宝「古事記」
【真福寺所蔵 国宝「古事記」】

 こんにちは。

 以前ここでご紹介させていただいた、諏訪大社本宮の神事の一つである、「御渡注進式」が本日執り行われておりました。昨年に引き続き、「明けの海」であったことを注進したものと思われますが、それにふさわしく、今日もこの時期とは思えないような陽気です。

 

  それでは、少し遠回りをしましたが、諏訪大社にまつわる神話について、お話しをしていきたいと思います。

 まずは、わが国最古の歴史書と言われている「古事記」です。最近は、少しづつ脚光を浴びてきているようで、現代文に訳されたものですとか、漫画とかでも紹介されておりますが、大変良いことなのではないでしょうか。たとえ神話であれ自分の国のルーツについて触れることは、大変有意義なことであり、特にこれから世界に向かって大きく羽ばいていくであろう若者達には、是非とも知っておいてもらいたいものです。

 さて、「古事記」には原本が残っておらず、今日では幾つかの写本が伝わっているだけです。

 「乙巳の変」【いっしのへん/私達の世代は「大化の改新」と教えられていましたが、今は中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)が蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺したクーデターを「乙巳の変」と言い、その後に行った改革を「大化の改新」というらしいです。】に憤慨した蘇我蝦夷(そがのえみし)は大邸宅に火をかけ自害し、この時に数多くの朝廷の歴史書が焼失してしまったそうです。

 その後天智天皇(中大兄皇子)は白村江の戦(はくそんこうのたたかい)の敗北により、記紀編纂の余裕がなく、「天皇記」など国記に代わる古事記や日本書紀の編纂は、弟である天武天皇の命により進められました。そしてその命を受け、稗田阿礼(ひえだのあれ)の記憶をもとに太仲麻呂(おおのなかまろ)が編纂し元明天皇に献上されたのが「古事記」です。

 「古事記」は1.上つ巻(序・神話)、2.中つ巻(初代から十五代天皇まで)、3.下つ巻(第十六代から三十三代天皇まで)の3巻からなっていて、上つ巻の神話の中に諏訪大社の祭神にまつわるお話が掲載されています。

 

 さて、今回はここまで。

 まるでミミズがナメクジが引っ張っているが如く、なかなか前に進まずに誠に恐縮でございますが、歳をとってくると、どうも話が脱線したり、長くなったりするもので・・・どうかご容赦を。

 次回こそは諏訪大社にまつわる神話をご紹介できると思いますのでどうかお付き合いくださいませ。